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「ねえ、気付かないの? 喫茶店に居るはずなのに周りに何も無いって」  いいや、気付いてた。君とテーブル以外あとは白。気付いていたけれどそれがなんだというのだろう。そもそも前からこうじゃなかったか? ここに何かあったか? 『ここ』は存在したか? そういえば何かを話していたような気がする。何か不安に感じていたような気もする。何だったか覚えていないのだから大したことではないのだろう。  テーブルに飛び散ったクリームの白い斑点が、茶色いテーブルを浸食しだした。 「ねえ、世界って何?」  ウネウネとミミズのようにのた打つ唇は確かにそう告げたように感じた。彼女は白い歯を見せて笑顔をつくる。口元は笑っているが、黒い瞳孔は笑っていない。  僕は彼女の質問が分からなかった。『世界』というものも分からなかった。世界とはここのことなのか? そもそも世界は存在するのか? 君も僕も含めた今この瞬間、この場所そのものの存在が、概念が、なんだか虚構のように薄ら寒く感じていた。  そう言えば彼女は誰だ? 名前も知らない。僕は誰だ? 顔すら知らない。  歯や目もとから浸食されていく彼女の顔は、完全に塗りつぶされるその瞬間まで笑っていた。  彼女の黒い黒い瞳孔が完全に消えてなくなり、全てが白に支配されたその瞬間、僕は確かにそう悟った。  そうか。  最初から何も無かったんだ。
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