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箸がすべった拍子に、向かい合うわたしのほうに鯖の尻尾が飛んできた。
ひょいと箸でつかんで、皿に戻してやる。
弟は眉をひそめて、神経質そうにわたしの箸と尻尾、テーブルの木目を順々に見た。
「じゃあ弟ちゃん。そっくりそのままで呼び返すことが礼儀なら、あんたはわたしを茉莉乃ちゃんと呼ぶべきじゃない?」
弟の雪が、一文字という呆気ないつくりなので知られてないことが多いが、わたしの名前は茉莉ではなく茉莉乃だ。
名字は佐々木なので、わたしの名前はごてごてと長々しい。
弟は弟で音感が悪く、わたしは名前を自覚し始めた頃から、両親のネーミングセンスを疑っていた。
実際、その不満を直接母にぶつけてみたこともある。
母は真面目な顔をして、
「ほら。最初の子って、気合いが入るじゃない? お父さんがね、新鮮味があって、でも古き日本の大和撫子ってかんじにしたかったらしいのよ。 だから、無駄に『乃』なんて付けちゃったんだけど、結局茉莉としか呼んでないのよね」
『乃』のどこが大和撫子なのかは理解できなかったが、母はさらに続けた。
「だから次の子は、さっぱりした名前にしようって決めてたの」
弟の雪が産まれた日は、本当に雪が降っていたらしい。
字面も命名も、さっぱりしすぎたようだ。
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