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彼はなんでも知っていた。
彼はいつもそこにいた。
彼は“木”だ。
『また来たのか、人間。』
「また話が聞きたくなりましてね。」
『変わった人間だ。』
彼の名はトレント。
世界中の草や木と繋がっているらしい。
聞けばなんでも答えてくれる。
頼めばなんでも話してくれる。
ただ、これだけは答えてくれなかった。
「私はあなたを愛しています。あなたは私をどう思っていますか?」
『…人間だ。』
確かに私は人間。
返して欲しい答えはそれじゃない。
それでも、今日も彼に身を預けた。
彼に巻き付いているツタが私に絡みつくと、彼に受け入れてもらえたようで幸せだった。
ある日、妙に体が重くなり、医者を訪ねた。
医者はこう言った。
「あの森にはトレントはもういません!絶滅してしまったんです!あなたがトレントと呼ぶ“ソレ”は、あなたの命を吸い取る魔族かも知れませんよ!!」
「まさか。彼は本当になんでも知っています。彼はトレントです。」
「これ以上、その“トレント”に会うと、あなたはあと半月生きられません!!森に行ってはダメですよ!?」
医者はああ言ったが、彼に会えない日々なんて考えられない。
私は再び、彼の根元へ腰を下ろした。
『人間。私はお前など嫌いだ。もう来るな。』
「私はあなたが好きなので、毎日でも会いにきます。」
『半月の命になってしまうぞ。いいのか?』
「言ったでしょう?あなたが好きだと。あなたに会えないのなら、この命などあっても意味はないのです。」
トレントの口調はどこか焦っていた。
いつもの雄弁な語り口調はどこへやら。
『お前の命の味にはもう飽きた。顔も見たくない。』
「では…、最後にキスをさせてください。」
『ダメだ。』
「どちらか、です。」
『ダメだ。帰れ。』
ここまで拒絶されると、目から何かが零れた。
いつもは絡みついてくるツタの先端が、零れたものを器用に拭った。
『…だから、帰れと言った…』
トレントがそう呟くと、いつの間にか私の体に巻き付いていたツタが強く締め上げてきた。
「トレン…ト…愛して…いま…す…」
『…私もだった。さらばだ…人間よ…』
…ああ、両想いだったのですね。
私はツタに命を全て吸い取られ、トレントの根元に横たわった。
これで、一緒にいられます。幸せですよ。
『ああ、私も幸せだ。』
‐おわり‐
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