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独身貴族のYさんがまだ学生の頃のことだというから、たぶん何年も前の話だと思う。
Yさんは当時、郊外の賃貸アパートから始めた一人暮らしにもすっかり慣れ、いいバイト先にもめぐり合って、自由気ままに生活を楽しんでいた。朝は苦手だが宵っ張りで、余裕があれば気のあう仲間と遅くまで飲み歩いたり、サークルで知り合った彼女を部屋に呼んだりもしたそうだ。
長袖を着ていた覚えがあるというので、秋口以降だろうか。
その日はちょうど休講だったし、免許を持っている彼女の運転で前日から国道沿いのホテルに泊まり、親御さんからの仕送りを元手にたっぷりと遊んだ帰りであった。夕暮れが過ぎる時刻、Yさんは彼女を食事に誘ったものの、彼女は両親に女友達と泊まりで遊びに行くと説明したらしかった。アリバイに綻びがしょうじては困る。そこでYさんはアパート近くの通りで車を降り、手を振って見送った後、路地を曲がって部屋までてくてく歩き出した。
冷えだした風が、額や鼻先に当たる。
ふと、いいにおいを嗅いだ。
「カレーのにおいだ」
どこから漂って来るのかな。そう思いながらYさんは、灯りの点いた家並みを見上げつつ、入居者専用の狭い駐車場を横切ろうとする。
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