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かつかつ、と足音が聞こえた。わざわざ確認するまでもない。誰かがここに上がってきたんだろう。
案の定、すぐに屋上の扉が開いた。足音の主はずいぶんとゆったりした歩調で事故防止のための鉄柵に歩み寄っていく。
このとき、俺はなぜか不思議な胸騒ぎを覚えていた。別段ここを人が訪れること自体はそう珍しくもない。いつもなら気にも留めなかっただろう。それなのに、なぜ。
言いようのない感情に若干戸惑いながら、気付けば俺は身を起こしていた。こちらに背を向ける形で立っていた一人の少女の姿が目に入る。
顔は見えない。窺えるのは肩近くまで伸ばされた黒髪と、頭の右寄りで結われた丁髷。そよ風に揺れるスカートと、――小さな背中。
その背中はあまりに小さかった。
単純に大小を指しているわけじゃない。いまにも消えてしまいそうに儚く、弱々しいその在り方が、その身体を実際以上に小さく見せていた。
少女は、動かない。
危ういな。ふとそう思った。
どうしてかはわからないが、確信めいた〝なにか〟が俺にはあった。もしかしたらそこに、かつての自分を重ねたのかもしれない。
しかし、こんなときにどうすべきかなんて、俺は知らない。そもそもなんの根拠もない、ただの勘だ。
だから――
「よう」
とりあえず俺はそいつに話し掛けた。どうすべきかなんて知らないから、深くは考えず、出たとこ勝負でいってみることにした。
「いい――天気だな」
どこまでも青い空を見上げつつ、そう続ける。
俺の声にゆっくりと振り返った彼女の顔は――
溢れる涙に、濡れていた。
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