第一話

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   ――春。  世間一般的には出会いと別れの象徴であるらしいこのシーズンだが、果たしてそれだけなのかと俺は声を大にして問いたい。俺個人としてはもっと強くこの季節を主張するものがあると思うわけだ。  だってそうだろう?  想像してみて欲しい。朗らかな春の陽気。優しく頬を撫でる柔らかい風。野には色鮮やかな花が咲き誇り、蝶は優雅に宙を舞う……なんかこう、考えただけで眠くなってこないか? 少なくとも俺はなるね。  つまり、だ。  春とはずばり〝眠り〟を象徴するシーズンなのだ! 「……と、俺は思うんだが、どう思う?」 「どうも思わないよ……」  まあ、アオらしいとは思うけどね。  苦笑いしながらそう言うのは西澤和真(にしざわ かずま)。俺とは小学校から高校までずっと一緒。いわゆる腐れ縁ってやつだ。  『変わる』ということのそれ自体がそもそもいいことであるのか、あるいは悪いことであるのか、その定義が俺の中で曖昧であるためにあまり極端な物言いをすることはできないのだが、とりあえずこいつは昔からちっとも変わりやしない。外見も、そして中身もだ。  もしかしたらなんらかの要因で時間の流れに取り残されてしまったのではないか、本当の意味で永遠の○○歳かっこわらいかっこ閉じなのではないか、とはこの俺――宮森葵(みやもり あおい)の談。  色々余計なことも言ったが、要は童顔。背も小さいから完全にショタ担当。メガネ着用と属性向けのアピールにも余念がない。典型的な女子に可愛がられるタイプの男子。  それだけを聞くとたいていの男にはうらやましがられそうな話だが、こいつ自身は自分のそういった部分を嫌っている節があり、いつも精一杯背伸びして大人っぽく振る舞おうとしている。念のために一応補足するが、爪先立ちの意ではない。  一年前、すなわち高校に入学する際にそれまでずっと〝僕〟だった一人称を無理やり〝俺〟に変えたのは記憶に新しい。正直似合ってない。空回りした感じがまたこいつらしいと言えばその通りなのだが、ありのままのこいつが気に入っている俺としては、できれば直してほしい。どうせ言っても直さないから言わないけどな。
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