─魅惑×疑惑─

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「ハァハァハァハァ、……ハァ」  逃げるように去ってしまい、あの人に悪い事をした。もう少し話してみたかった。久しぶりに、私になれた気がしたのに。 「ごめんなさい」  ポツリと謝罪の言葉が漏れる。あの人と、自分に言い聞かせて罪悪感を和らげた。  明日ちゃんと謝ろう。図書館に行けば会えるはず。  そう、確か一ヶ月前からだろうか、あの人が図書館に現れるようになったのは。全身黒だから目立っちゃって、だけどそれがとても自然な感じで。  うん、もっともっと、たくさんたくさん話したいな。たぶん本とか大好き何だろうな、じゃないと朝早くから図書館にいるわけないし──。  ──バキン。 「………ッ」  思い、出した。あの音と重なる。目眩がして足がふらつく。幻聴が私の脳を掻き回す。  胸が苦しくなると同時に、吐き気もする。私は、急いで帰りたくもない家に向かった。 ◇  城のように大きな洋館。初めて来たときはひたすらに怖かった。  私は誰もいないロビーを早足で通り過ぎ、速度を落とさずに自分の部屋にたどり着いた。  天蓋付きのベッドに潜り込み、薄い毛布で身を包む。 「──っ」  ついさっきの音が、私の鼓膜の中を無慈悲に引っ掻き回している。  バキン/パリン──  あの時を思い出してしまう。  体に染み着いた痛みは、心にまで浸透し、私をどんどん腐らせていく。  パリン/初めまして──  止めて。止めて。  鮮明に、確実に、  パリン/こんばんは──  違う。違う。  私を、犯した、  パリン/私の──  嫌。嫌。  記憶が、悪夢が。  ──可愛い、お人形さん── 「──う」  喉は何時の間にかからからで、酷い吐き気がする。  呼吸も粗くて、苦しい。  眠ろう。眠ってしまえば何も考えなくて──。 「お嬢様。お父上様がお帰りになられました」  ノックと同時にビクンと体を強張らばせる。ここに一人しかいない使用人だ。 「わかり、ました。今行きます」  息を呑んで応える。  私は自分の中のスイッチを切り替え、もう一人を演じる事にした。  だって、そうしなければ本当に壊れてしまうのだから。 ◇  
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