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「アス・・・トラ・・・。」
降りしきる雨の中、少年が、呟いた。
まだ、15、6歳の、黒髪の少年だった。幼さの残る黒い瞳を揺らしながら、雨でぬかるんだ土をゆっくりと歩いていた。
苦しげに、息を吐く。上手く呼吸が出来なかった。¨牙の塔¨で始めて学ぶことは、何よりもまず、空気の吐き方だった。これを知らなければ、つまらないことで、命を落とす事になる━━
不意に、視界がぶれた。一瞬の暗転。目を開くと、土色の壁が見えた。いや━━
足下を見やる。ぬかるんだ土に、足を取られたらしい。
「うっ・・・く・・・アスト・・・ラ・・・」
這って、進む。立ち上がる気力すらなかった。¨塔¨支給の、聖服のようなコートが、泥に染まる。
ゆっくりと、前を見る。
彼女の肢体は、昨日とそれほど変わっているわけではなかった。最も変わっていると言えば━━いつもは無邪気な光を浮かべていた、灰色の光彩に、何も映っていないことかもしれない。
泥にまみれた肌よりも━━あるいは、右目から大脳まで貫いている、軍刀よりも。
少年は、震えながら、彼女の頬に触れた。
視界が揺れる。雨が煩わしかった。
そして。
少年は、無音で、叫んだ。
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