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変わらぬ朝
「それじゃぁ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「父さんも気をつけてね」
「あぁ。行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
…………どこにだ…
いや、マスオは行く場所あるだろうけど、俺はどこに行けっつーんだよ。
「お父さん、雨、降りそうですね」
「そうだな」
雨降るのか…まいったな。ドカンの中に寝そべるしかないのだろうか?
駅が見えてきた。
「お父さん、ちょうどいい時間の電車に乗れますよ」
「そうか」
どうする。一応電車には乗らないと怪しまれるよな。向こうに着けば、どこか時間を潰せる場所があるはずだ。
「…さん、お父さん?大丈夫ですか?」
マスオが心配してきていた。
「だっ大丈夫だ」
大丈夫なわけない。
「顔色、悪いですよ?」
「大丈夫だと言っておろう」
マスオめ…人の不幸も知らないで心配してきやがって。
「お父さん、僕、ここで降ります」
「そうか」
「それじゃ、今日も1日がんばりましょう」
マスオは嫌みを残して、会社に行った。
俺はいつものように次の駅で降りることにする。
波平は、もうすぐ使わなくなるであろう定期を使って改札から出た。
今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。
駅前ともあって、背の高い建物が並んでいる。
気が付けば俺の足は何年も通い続けたあのビルの二階を目指していた。
俺の会社だ。
違う。俺の会社だったオフィスだ。
今はもう、そこに入ることさえ許されないのだ。
「くそっ」
波平は地団駄を踏んだ。
足元の乾いたアスファルトに、滴がこぼれた。
涙だろうか?今し方降り出した雨だろうか?
遠くに雷の音が聞こえた。
「雨足が強くなってきたな。どこか店に入らねば」
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