第一章 やんちゃくれ

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俺は湯沸器もない流し台に頭を突っ込んだ。 生ぬるい水が糸を引くように流れでる。 風呂なんかあるはずもなかった。     このオンボロ長屋、水もでえへんのか!     毎回流し台を蹴りあげる。 この家の大家は俺の顔を見るとそそくさと姿を隠した。 お陰で半年も家賃も払わず住んでいた。 払わないのではない。 取りにこなかったのだ。 近所の住人達も俺を、俺を取り巻く輩達を避けた。     ボロボロの押し入れの襖戸の中は、この家には似つかわない服が並んでいた。 当時のツッパリ達ならヨダレがでるくらいの物が揃っていた。 俺はその中でも一番のお気に入りのジャンバースーツに手をかけた。 ディマジオのエンブレム。 カラシ色の上下のジャンバースーツだった。 (ディマジオ、ドルチェ、ピア、ブラックピア、スペリオ等ツッパリ達の憧れ服の名称)   たしか上下で10万近くしただろうか。 当時、ツッパリ達は粋な服をこぞって手に入れた。 見栄だった。 カツアゲで手に入れた金だろうが真面目に働いて掴んだ金だろうが、見栄の為にぶち込んだ。 悪タレ達が集まると、いつも服の話しになった。     純ちゃん! また、新しい服買うたん? なんぼしたん!? めっちゃ渋いがな。     こんな具合だった。   俺はヒビの入った鏡に自分の姿を映した。 パンチパーマに手櫛を入れニカッと笑ってみせた。 カラシ色のジャンバースーツは輝いていた。 くすんだ鏡の中で俺は粋な自分の姿を浮かび上がらせていた。 実際には歪んだツッパリの姿が映っているだけだったのに。   上着のポケットにショートホープを4つ放り込み、尻のポケットに長財布を差し込んだ。 白いエナメルの靴を履いて、いざ出陣である。 表にでると俺の愛車が待っていた。   ザ・ママチャリ。   颯爽と股がり大股広げて漕ぎ出した。 ギコギコというBGMつきであった。
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