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何か嫌な事があった時、行くべき所が僕にはない。
だから、必然的に僕の足は自宅、それも自分の部屋へと向かっていた。いや、正確にはたどり着いた。
ただいまの挨拶もなしに、投げ出すように靴を脱ぎ捨て、築五年のフローリングを駆け抜ける。無駄な物など何一つ置かれていない階段を駆け上がり、二階の一番奥、一目散に自分の部屋に駆け込んだ。
乱暴にドアが閉められ、比較的大きな音が響き渡る。
反応が無い所をみると、母親はいないようだ。
それが好都合なのか不都合なのか。今の僕にはそんな事すら考える余裕がない。
心臓が早鐘のように脈動し、荒い息が静かな部屋に虚しく溶け込んでいく。
アレは何だったんだろう。彼女は何だったんだろう。僕はどうなったんだろう。
ぐるぐると、頭の中を廻る疑問。
僕の手は自然と、自分の唇へと伸びる。
夢ではなかった。
今更そんな事で片付けられる程、僕は楽観的じゃない。かといってすぐに事態を受け入れられる程、器は大きくなく、せめて心を落ち着かせようと、ベッドに腰を下ろした。
視界に映るのは、日常だ。いつも通り、何ら変わりのない僕の部屋。
広さは並。広くもなく、かつ狭くもなく。
綺麗好きな母親の影響で、一応は片付いている。殆ど使用される事のない勉強机は綺麗過ぎるくらい綺麗だし、現在腰を下ろしているベッドの掛布団もきちんと整えられている。
部屋の左側、ベッドの向かい側にある本棚には、漫画や小説が著者名の五十音順に並べられていた。もちろん、床には埃一つ落ちていない。
因みに、基本的な掃除は僕がするが、五十音順等は母親の仕業だ。
僕の部屋には時たま、抜き打ちチェックが入る。その際、母親はいつも何かしら自分好みのアレンジを加えていく。
具体的に何が、とは言えないが、高校二年生、思春期真っ只中男子必携の戦友達が『属性』別に整頓されていた時は、流石にびびった。窓際にあるパソコンのフォルダまで分ける徹底ぶりには、焦りすら越えて畏怖すら抱いた。
しかも、それが、隠蔽工作が甘い息子に対する警告でも何でもなく、完全に自分の趣味という所が余計にタチが悪い。
父親も父親で、かなりの特殊嗜好の持ち主だが、それはまた別の機会に。
日常に触れられたおかげで、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
今年の僕の抱負は、嫌な事は受け入れた上ですぐに忘れましょう、だ。
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