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私が立ち去ろうとしたら、彼女は不意に私の方をみて、
「ねぇ、貴女名前は?」
と、訊いてきた。私は歩き始めた足を止め、
「クリスティーナ・アプレイン……貴女は?」
「トリスよ」
その時彼女の返答に違和感を覚えた。
違和感の正体を考えて見る。
すぐに分かった。
答えは単純、彼女は家名を名乗らなかった。
召喚師にとって家名、つまり名字は己の家系を示す重要な物であり、名前を聞かれたら家名を名乗るのは当然だ。
家名を名乗らないことは、自分の家系を否定するのと同じ。
家名が無いのは、“成り上がり”
「貴女……家名は?」
私は訊いた。
彼女の顔に暗い陰が差した。
すこし間を置いて、ぽそりと、消え入りそうな声で答える。
「無いのよ」
やっぱりこの人は“成り上がり”なんだ……
私の頭にこの言葉が過った。
それを言う訳にいかず、ふと目線を時計に向けた。
時刻は、授業開始時刻の直前で、周りには私たち以外はもう誰も居ない。
私は、もう行くね、と彼女に言うと、全力で走って教室に向かった。
これ以降私は、彼女に会ったら話しかけるようにした。
始めは正式な血統を持たない仲間外れの成り上がりが、なんだか可哀想だったから。
でも、いつの間にか私は彼女と話すのが楽しみになって居た。
気がつけば私と彼女はこうして一緒に遊びに行くような仲になって居た。
「今日はバルレルを連れて来たんだ?」
私がトリスに訊くと、
「女の子二人だから荷物持ちとボディーガードよ」
トリスはさらりと答えた。
後ろでその返答に対して、バルレルがぎゃーぎゃー言ってたけれどきちんとついて来ていて、そんな所に二人の絆を感じた。
バルレルはサプレスの(自称・高等な)悪魔だが、端から見ると悪魔の羽が付いた子供。
トリスと喋りながら歩いて居ると、すぐに繁華街までたどり着いた。
治安の良さが自慢の王都ゼラムは、貴族や召喚師のような特権階級の人間が普通に歩き回っても犯罪には滅多にあわない。
各地方から選抜された立派な騎士達がこの街を守っているから、犯罪なんか早々起こせはしないのだ。
しかし、一歩城壁を出ると、そこはゼラムやゼラム育ちの平和に慣れきった人を狙う犯罪組織があったりする。
騎士団は定期的に遠征を行い、殲滅を目指しているが、あまり成果が有るとは言い難い。
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