最初から知ってた

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「おはようございます。」 元気良く声を出した。 あなたに届くように。 耳に。じゃなくて、ここに私はいるんだって伝わるように。 空気のような存在にはなりたくない。 手に触れる確実なものでありたい。 この荒れた指先であなたに触れることを、こんなにも望んでいたんだから。 「おはようございます。」 確かに私に言ってくれた言葉を、なぜ録音しなかったのか自分を責めた。 ばっかじゃないの? それくらい考えておきなよ。 強気な独り言は頭の中だけで、私は挨拶を交わしたことに自分が真っ赤になるのが分かった。 そんなことは気にも止めない。 隣に座る地柄準さんに話しかけていた。 耳を広げるだけ広げて会話をひろう。 セットをしなければいけないのに 触れた柔らかな髪を 初めて子犬にでも触れたかのような。 もしくはフワフワの絨毯の中に指を入れたかのように。 無意識に撫でていた。 誰かに触れられることが、当たり前になった彼は動じない。 まだ私が空気だから? 「ちょっと…それ取ってよ。」 声が重く冷たかった。 振り向くと先輩スタッフが呆れた顔で手を出していた。 「すみません。すみません。」 平謝りをして、すぐにスプレーを渡すと、蔑んだ目を一瞬見てしまい、頭を下げた。 やっとここまで来たのに… 浮かれてる場合じゃない。 私のゴールはここじゃない。 目指すのはもっとずっと。 遥か天に届きそうな夢。
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