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僕はプレハブの部屋で夜が来るのを待っていた。
頭から布団を被り、息を潜めて時間が過ぎるのを待った。
誰にも僕を見て欲しくはなかった。
きっと今の僕は怖い顔をしているから。
僕の中の写真が祖父の言葉で引き裂かれた。
そこにあるべき写真がなくなってしまった。
田んぼから聞こえていた機械音が止み、うるさいほどの雀が静かになり、カラスが山に帰る頃に祖母が夕食を運んで来た。
僕は自分の体を布団で隠すようにして、祖母が出て行くのを待った。
それから僕は少し眠ってしまった。
窓を風が叩く音で目が覚めたのは、もう真夜中に近い時間だった。
逢いたい....
その思いが胸から溢れそうだった。
祖母が持って来た夕食がテーブルの上に置かれていた。
それと一緒にチョコレートが置いてあるのに気づいた僕は、上着のポケットにそれを入れて部屋を出た。
風がいつもより強い夜だった。
君はいるんだろうか....
君にいて欲しい....
葦の茂みの向こうに桟橋が見えた時、僕の中でまた一枚の写真が出来上がった。
君は桟橋に横たわり、風の音を聞いているように見えた。
「やあ....」
僕の声に君はゆっくり体を起こした。
「嵐が来るわ....」
君は空を見上げて呟いた。
空は晴れている。
「あんなに星が綺麗なのに?」
君の前に腰を降ろして僕はポケットからチョコレートを出した。
「はい。」
そのまま君に渡すと君は不思議そうな顔をした。
「あなたは食べないの?」
僕は甘い物は苦手だからと告げた。
「嘘。」
愕然とした。
僕は嘘をついていた。
チョコレートは大好物だ。
でも君にあげたかったから....
「でも、そんな嘘なら許してあげる。」
君は大きな瞳で僕を見て笑った。
僕たちは桟橋に座ってチョコレートを食べた。
「美味しい。」
君がそう言ってくれたのが僕にはすごく嬉しく思えた。
「私ね....」
君が何か言いかけた。
「あなたに嘘をついているの。」
嘘?
「何を?」
嘘も何も君は自分の事を何も話していない。
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