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『これは失礼を…』
要離は無事な左手で涙を拭った。
『いや…良い。先生、お話を続けてくだされ』
慶忌は先を続けるように促した。
要離は軽く頷くと、また口を開いた。
『私は右手を斬り落とされた後…牢に繋がれましたが、伍子諸により逃がされたのです』
『何?伍子諸がか?』
驚く慶忌に、要離は頷いて見せた。
『伍子諸は内心、晃絽にあいそを尽かしています。
彼は私にこう言いました。
「あのような男を王にすべく働いたのは…全て過ち(あやまち)であった。要離よ…済まぬが慶忌様に逢い、あのお方の考えを聞いてきてはくれまいか?」
…と、彼はそう言って私を逃がしてくれたのです。
もし慶忌様が伍子諸のために仇を討って下さるなら…呉国の臣はこぞって味方になる事でしょう』
『そうか…そういう事が…』
慶忌は瞬間、晴れやかな表情を見せたが…
その顔は次第に曇り…遂には難しい顔をし、黙り込んでしまった。
「ふふふ…やはり判断はつかぬか、ここが決めどころだな」
慶忌の様を見た要離は、仕上げにかかった。
『慶忌様!貴方が兵を発して呉を攻めぬなら…呉の君臣はいずれまた仲直りするでしょう!
ああ…今こそ好機だと言うのに…
我らの仇が討てぬとあらば、死んだほうがマシだ!』
要離はそう叫ぶと、部屋の中にある巨大な柱に突進し…
その頭を打ち、死のうとしたが…それは直前で慶忌に阻止された。
『わかった!そなたを信じよう!』
慶忌が要離に対して発した言葉はこれだった。
要離は捨て身の行動により、慶忌の信用を得て…
腹心として、その懐に入る事に成功したのだった。
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