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隣で栗の甘露煮を摘みながら栗焼酎を煽っているのは、何を隠そう俺の呑み友達だ。これが女の子なら、フランス料理ならマリアージュっていうんだよ、だなんて言いながらほころばせた顔を向けてくるのに満面の笑顔を贈ってやるところだが、切れ目に薄い唇の強面に限ってそれはない。
「にいさん、巨峰のシャーベットとグラッパを頼むよ」
「かしこまりました」
カウンターの向こうで若い店員が彼の注文を承り、しずしずと店の奥へと入っていく。
「そのグラッパってなんだい?」
「イタリアのブランデーさ。あれと比べるとブドウの香りが強いね」
「ふうん、ブドウか。秋の味覚ってやつだな」
彼は最後に残った栗を名残惜しそうに口へ運ぼうとしていたが、秋の味覚と聞いた途端に表情を暗くして箸を置いた。
「実のところ、その秋の味覚って言葉が嫌いなんだ」
「へえ……なんでよ」
そう聞いた俺を、彼は怖い顔をして睨んだ。しかしすぐに視線を手元の器に移すと、残っていた甘露煮を口へ放り込んで黙り込んでしまった。
間を空けずさっきの若い店員が巨峰のシャーベットとグラッパを運んできた。店員は先ほどとはうってかわった彼の表情を見ると、注文の品を置いてそそくさと俺たちの傍から離れていく。
彼はしばらく黙っていたが、ストレートのグラッパを空け、シャーベットを半分ほど掘り崩したころ、ようやくその口を開いた。
「秋の味覚という言葉は、他の季節の味覚をないがしろにしているような気がしてならない。だから秋は……気の滅入る季節なんだ」
彼はため息をつき、シャーベットを一口含んだ。
「そうだな、春の味覚とか夏の味覚とか、あまり言わないもんな。でも、だからってしかめっ面してても秋に対して失礼じゃないかね」
それを聞いてまた彼はうつむく。しかしその顔は次第に怖い顔から、何か納得したような顔へ変わっていった。
「そうだ、次の一皿は何にする? 今度は俺も付き合うよ」
「柿なんていかがでしょう」
おしながきを取ろうとしていた俺が視線を上げると、そこにはいつの間にかマスターがいた。
「じゃあふたり分頼むよ」
すぐさま彼が俺の応えも待たずに言う。その顔にはもう悩みのかけらさえ見当たらない。
マスターはうなずいて、手元から柿の沈んだ瓶を取り出した。
「柿焼酎を作ってみたんですが、ご一緒にどうですか」
俺たちは一も二も無く頷いた。
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