一話 母とふるさと

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 私だって訓練中に死んでいった仲間の事を今でも思う。康介とて友人が必ず死ぬ作戦に行くとなれば思うところがあるのだろう。喜べず、悲しめない。  ただ、「俺も身体がこんなではなかったら」 とつぶやいていた。 「いつ行くん?」 「予定では三月二十三日に大分へ進出することになっとる」 「早いな。おばさんには言うん?」 「わからん。けど、言えそうにはないわ」 「そうやろうな。俺も黙っとく」 「すまん」  私はそう言って立ち上がる。日も傾き始めた。そろそろ家に帰らないといけない。 「この国を、お頼みします」  康介はそう言って深く頭を下げた。あの康介が誰に言われるでもなく、自らの意思で頭を下げたのだ。  思わぬ行為に私は少々面食らったが、とっさに敬礼を返す。今まで味わったことのない心の熱くなるような、不思議な感じであった。  生垣に囲まれた茅葺き民家。薄いガラスがはめ込まれた格子状のドアを軽くたたく。 「母さん?」  二、三度繰り返すが、なかなか出てこない。裏にでも居るのだろうか。庭をぐるりと周ると、鍋を洗っている母がそこに居た。  「母さん」そう呼ぶと母は動きを止め、振り返る。そして数度瞬きしたあと、そのおっとりとした顔を輝くような笑顔にした。 「和雄! お帰りなさい。どうしたんこんな時に?」
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