一話 母とふるさと

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「多喜と哲夫は?」  そう言えば二人の兄弟の声を聞いていない。 「学校よ。もうすぐ帰って来るはずやけど」 「そうか……」  そういえば学校があった。学校も今となっては懐かしい。 「ところで、いま訓練の方はどう? ちゃんとやってる?」  母さんが心配そうに少し首を傾げる。 「もうすぐ終わり。まあ、電信員やからそんなに難しくないんやけど」 「でも、覚える事多いんちゃうの?」 「覚えてしまえばそれでいいから。操縦員なんか覚えるだけじゃあかんしね」  母が「ふーん」と茶を啜る。 「和雄はできんの?」 「ちょっとはできるけど、着艦とか高度な操縦は無理」 「あらそうなん。てっきり全部できんとあかんのかと思っとったわ。それで、訓練終わったらどうなるん?」  自然な会話とは言え、痛いところを突いてくる。 「ん、まあ。一応出撃する予定がはいってる」  少し声が震えた。 「ほんまぁ。お祝いしないとあかんね」 「いや、そんなんせんでいいよ」 「遠慮せんでもいいのよ。それより、くれぐれも気をつけるんよ」「外出日を一日だけ増やしてもらって。明日帰るから  母は手ぬぐいで手を拭きながら小走りで駆け寄ってきた。
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