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私はあの時覚悟を決めた。しかし、もう一度母の、多喜と哲夫の顔を見てわからなくなってしまった。
あの時マルをつけたのはなぜだ。そうだ、周りの目が怖かった。条件が揃っている自分が志願しなければ他に誰がいる。
仕方がなかった。いや、志願者は他にも沢山いた。なら自分が行かなくてもいいのではないか?
もういっそのこと逃げてしまおうか。逃げて母のそばで家族を支えたほうがよっぽどいい。
本当にそうか。違う。ここで逃げればこの家は笑いものだ。それにあれは強制ではなかった。私は自らの意思で志願したのだ。何のために?
国のためだ。国を守れればこの土地を守れる。それは家族を守ることと何ら変わらない。皆死んでしまったら元も子も無いではないか。
自分一つの命で守れるのだ。嬉しいことだ。そう、この身をとしてでも守らなければならない。
一機一艦葬る事ができるこの作戦はそれが可能だ。できなくては困るのだ。
ふと意識を視線に戻すと、ガラス越しに入ってくる月明かりに照らされた天井板が目に入ってきた。
その天井の人の顔に見える年輪の模様が昔は怖かった。慣れていたはずだが、どうしてか今とてつもなく恐ろしく見える。
それを見ていると、次第にわずかな光も消え去り、私とその顔だけが暗闇に浮かび上がるような錯覚。まるで死そのものを表すようなその顔がどんどんと大きくなっていく。
怖い。もはや夢か現実か、それとも幻想なのかもわからない。
『お前は死ぬのだ』
腹にのしかかるような声が響く。何が起こっている。
『お前は成したいことも成せずに死んでいく』
そんなものあるものか。
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