二話 覚悟

3/11
前へ
/87ページ
次へ
『機体と同じように身体が細切れになって死んでいく』  国のためだ。 『お前一人が死んだところでこの国は負ける。ただの無駄死にだ』  違うと言いたくても口にができなかった。自分の奥に潜む思い、感情。否定など出来ない。進んで死にたいと思う人間などこの世にいるものか。 『愛してやまない佐代子を置いて死んでいく。無責任だ』  国を、大切な人を守るためだと頭で分かっていても、体が精神が拒絶する。 『そんなに死にたいか。なら私が今ここで殺してやろう』  そう言って顔はどんどんと近づいてくる。逃げようとしても体が動かない。  心臓が早鐘を打ち、冷や汗が溢れ出る。助けて! 死にたくない! 母さん、助けて!  勢いよく体を起こす。心臓が痛いほど早く動き、体をしっとりと濡らす汗が肌寒い。  上を見てみると、今までと何ら変わらない月明かりに照らされた天井があった。  そうか、あれは夢だ。いつの間にか寝ていたらしい。それにしても自身が動揺していた事は自覚していたが、まさかあんな物まで見るとは思わなかった。  現状を理解すると、遠くでけたたましく鳴り響いている空襲警報に気づいた。時計は二時を指している。  気になった私は力の抜けた体を動かして縁側へ出た。夜の風が体を冷やす。  ぶるりと身震いして音のする方へ視線を向けると、山の向こうが夕焼けのように赤くなっていた。朝焼けか。一瞬そう思ったが、さっき見た時計は二時を指していたため有り得ない。それに一部だけが赤いのだ。  朝焼けならもっと広く赤く染まり、空ももっと明るい。地上の炎の光を反射してキラキラと光るB29のジュラルミンの機体と、空襲警報に混じって聞こえてくる腹のそこを突き上げるような爆発音が大規模な空襲だと物語っていた。 「和雄も起きたん?」  母が静かにふすまの奥から顔をだした。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

204人が本棚に入れています
本棚に追加