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「でも、まだあそこは燃えとる」
「そうね」
今なお赤く染まる山際の空。静けさが戻った今、何も知らなければ只の綺麗な光景に見えるだろう。
「母さん」
少し顔をかしげる母を前に、私は特攻隊の事を言おうとした。言ったほうが良いのか。言わざるべきか分からない。
その時、ボーンと時計が一度鐘を鳴らした。
「あ、いや。父さんの事はなんか分かった?」
「それがわからんのよ。何処でなにしてるんだかねぇ」
そう言って母は寂しそうに、とても寂しそうに小さく笑った。
日が高く昇り、春の陽気が戻っている。私は海軍服を着込み、部屋の中をぐるりと見回した。
止まることなく動き続ける時計も、蝋燭を落として焦がしてしまった畳も、ただそこにある柱でさえもみな懐かしい。
玄関の扉をくぐり、駅へ向かう。昨日に増して快晴の空を、春の暖かさに目覚めたミツバチがブンと飛んでいった。
「和雄、色々と気をつけるんよ」
駅のホームにもうすぐ電車が来ると報が鳴ったあと、母がそう言った。
「大丈夫、分かってるって。心配せんでいい」
「大石さんによろしく言っといてね。これも渡しといて」
「多喜、哲夫。こっちへ」
母から顔ほどの風呂敷を受け取り、ちびっ子二人を呼び寄せて視線を合わせる。
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