二話 覚悟

6/11
前へ
/87ページ
次へ
「二人共、俺がおらん分しっかり母さんを支えるんやぞ」 「兄ちゃん、わかっとるよ」  哲夫が腰に手を当て胸を張って頷く。 「特に哲夫、お前は男やねんから母さんにあんな手させるなよ」  胸を張りすぎて飛び出た腹をポンと叩き、あかぎれで痛々しい母さんの手へ視線を向ける。 「ご、ごめんなさい」 「これからはしっかりな」  私は二人の頭を乱暴に撫でる。 「母さん……」  電車が来た。本当にこのまま言わないでいいのか。後で知ったほうが悲しみは少なくはないか。悩んでいる内に電車は駅へ入ってくる。 「じゃあ母さん、もう行きます」  少なくとも行ってきますとは言えない。 「母さん、お体にお気を付けて。お元気で」 「なあに、いきなり他人行儀で」 「いや……なんとなく」  私は電車のドアを開け、車内に乗り込んで後ろを振り返った。 「行ってらっしゃい」  母の笑顔に軽く手を上げて返事を返す。モーターが唸りを上げ始めた。  駅を離れて景色の流れが早くなる頃、私は一種の虚脱感に襲われた。そのまま近くの座席に座り込み、何気なく外を見る。  家から離れていく。もう戻ることは叶わない。迷わないと決めても、やはり別れ際はどこか悲しくなってしまう。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

204人が本棚に入れています
本棚に追加