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「二人共、俺がおらん分しっかり母さんを支えるんやぞ」
「兄ちゃん、わかっとるよ」
哲夫が腰に手を当て胸を張って頷く。
「特に哲夫、お前は男やねんから母さんにあんな手させるなよ」
胸を張りすぎて飛び出た腹をポンと叩き、あかぎれで痛々しい母さんの手へ視線を向ける。
「ご、ごめんなさい」
「これからはしっかりな」
私は二人の頭を乱暴に撫でる。
「母さん……」
電車が来た。本当にこのまま言わないでいいのか。後で知ったほうが悲しみは少なくはないか。悩んでいる内に電車は駅へ入ってくる。
「じゃあ母さん、もう行きます」
少なくとも行ってきますとは言えない。
「母さん、お体にお気を付けて。お元気で」
「なあに、いきなり他人行儀で」
「いや……なんとなく」
私は電車のドアを開け、車内に乗り込んで後ろを振り返った。
「行ってらっしゃい」
母の笑顔に軽く手を上げて返事を返す。モーターが唸りを上げ始めた。
駅を離れて景色の流れが早くなる頃、私は一種の虚脱感に襲われた。そのまま近くの座席に座り込み、何気なく外を見る。
家から離れていく。もう戻ることは叶わない。迷わないと決めても、やはり別れ際はどこか悲しくなってしまう。
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