一話 母とふるさと

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 なんだそれは。生還を帰すことは無いということはどういう事なのだ。横に並ぶ同期の横顔をちらりと見ると、同じ様な心境なのだろう。僅かに眉を寄せていた。 「簡単に言えば君らが普段、飛行訓練に使っている九七艦攻または天山に搭乗し、爆弾を抱えたまま敵艦めがけて体当たりするということだ」  空気が肌を刺す。これは寒さなどによるものではない。ピンと張り詰めたこの場の空気が肌を刺している。  私自身、顔が緊張で突っ張っているのが分かる。それ程までに衝撃的なことだった。 「真に護国の赤誠に燃え、一命を捧げて悔いないと思う者は志願用紙にマルを、それ以外はバツを書いて提出して欲しい。ただし、後世の憂いある者、すなわち長男や妻子持ちは志願を禁ずる。以上!」  私だって軍人の端くれだ。今の日本が置かれている状況だってよくわかるし、連日繰り返される神戸の空襲をとっても一目瞭然だ。  ならば自分はどうする? 自分の身を犠牲にしてこれを阻止するのか? 周りも私も立ち去っていく司令に視線を固定しながら動くことすら忘れていた。  その日の晩、宿舎の毛布に包まれながら、私は司令が言ったことを考えた。  身動き一つしないが、他の者も同じなのだろう。雰囲気が何時もとはまったく違う。普段は笑顔で話す友人も今日ばかりは皆一様に額にしわを寄せていた。  その翌日の晩、私はマルを書いた。  航空隊内での志願数は百と二十人。私はこの中から選抜され、特攻訓練をすることとなった。  特攻隊員になったからと言って待遇などが変わった事は無い。陸軍はどうか知らないが、海軍は心構えを厳粛にするため特別扱いはしないという。  特攻隊員となってから、いつも訓練で乗っている九七式艦攻を見ると頭の中に今までの事が蘇ってくる。  自分は何なのか。自分は何の為に生き、死んでいくのか。私の場合は三日考え、答えを出した。中には数週間悩む者もいたが、多くの人は私と同じようだった。  最初は暗い顔で考え事をしていた他の面々も、一時をすぎれば皆以前よりも活きのいい水を得た魚のようになった。  笑い合い、茶化し合いながら訓練を続ける。私も同じだった。
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