一話 母とふるさと

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 そういえば以前、佐藤大尉に最後に母に会うために外出日を一日だけ増やしてほしいと頼み込んだ。その外出許可、二日間の帰省許可が下りたのだ。  大尉が司令に働きかけてくれたことは風の噂で聞いている。これには礼を言っても言い切れない。 「もしもし兵隊さん、お隣よろしい?」  突然掛けられた声に驚いて振り返る。少し腰の曲がったお婆さんが背もたれに手をかけて立っていた。 「あ、ああ……すいません。どうぞ」  そう言って私は少し横へずれる。駅に着いていた事も気づかなかった。  車内を見ると、客は多い方だが席が空いていない訳ではない。お婆さんは何故、わざわざ自分の隣にしたのだろう。 「ありがとう。すいませんね、なんか兵隊さんの事が気になって」  お婆さんは、よたりと腰をおろして顔をこちらへ向ける。 「え、どうしてです?」 「えらい怖い顔しとったんです。なんかあったんかと思って」 「少し考え事しとったんです。大層なことではないですよ」  そう告げるとお婆さんはニッと笑い、「ほんま? なら笑った方が良いんと違います?」とまるで悪戯っ子のように言った。  私はその様子に思わず吹き出し、笑ってしまう。張り詰めていた気がほぐされていくようだ。 「ほら、笑った。えくぼが可愛い」  可愛いとは失礼な。 「私の孫もね、この前帰ってきた時ずっと兵隊さんと同じ顔しとったんです。それでつい声かけてしまったの。迷惑やったかしら?」
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