一話 母とふるさと

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 今までの自分にはなすすべが無かった。しかし今は違う。特攻という手段を手に入れたのだ。見ていろ。今に目にもの言わせてやる! 心の奥で怒鳴りつける。  しばらくすると警報はぴたりと止んだ。誤認だったのだろう。やはり皆も神経質になっている。  駅前の町並みを抜け、北西の方向に歩く。家の塀を左へ曲がると、谷沿いに田畑と雑木林が入り混じった景色が目に入った。  今は土の塊が転がり、少し緑が見え始めただけの田も夏になれば鮮やかな濃緑に覆われる。  思えばこの近くでよく遊んだ。草笛を吹き、カブトエビをひっつかみ、そして水田に落ちる。  そこで見つからずに逃げられたら良かったものだが、見つかった日には一日中休む暇なく草取りをさせられた。今思えば無性に懐かしい。  ぐねぐねと蛇行した細道を歩いていくと、神社の森の前に出る。小高い山を横に狭い敷地を持つこの場所も昔からの遊び場だ。 「おお、和雄やん」  少し寄っていこうとした所で声が掛けられる。この声は当時ガキ大将だった山西の家の康介だ。 「なんや、お前か。こんな所で何しとるん?」 「なんやとはなんや。それに何しとるんはこっちの台詞や」  視線を康介の方へ向けると、肘の少し手前までしかない左腕をこちらへ向けていた。そこから先の袖が幽霊のように垂れ下がっている。  康介は私と共に海軍へ入隊したものの、予科練の訓練中に事故を起こしていた。その時に左腕と左目の視力を失ったと聞いている。 「ここが少し懐かしくてな。寄ってこうと」  康介は「ふーん」とどうでも良さそうに応えた。 「孫は何やら南の方へ出撃するんや言うてましてな、それで難しい顔しとったんですって。自分はいつ死ぬかわからない、とかなんとか」 「南の方と言うと沖縄ですか?」
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