一話 母とふるさと

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「ちょっと格好良いやろ」 「いや、まったく。左目、何も見えんの?」  後をついてきた康介に問いかける。康介は相変わらずの性格だ。昔から少しも苦しんでいる素振りなど一つもしたことがなく、いつでも堂々と笑って飛ばした。  左の目と腕が無いだけで、仕事などほとんどない。農作業など特にやりにくいだろう。 「まったくって訳ではないな、光がわかる程度には見えとる。それでも海軍からは用無しよ。堂々とその制服着てるお前が羨ましいわ、ほんま」 「そうでもないわ」  ふと木製の小さな鳥居の上に石がズラリと並んでいるのが視界に入ってきた。木々の枝葉に光が遮られて薄暗い中、それは何かの儀式の用で不気味に見える。 「ああ、これか。まだ乗っとったんか」 「飽きずによう投げたよな」  これは私達が昔遊びで投げた物だ。うまく乗った時の爽快感が病みつきになり、近所の子供たちに一気に広がった。もちろん大人に見つかれば罰当たりと叱られた。  鳥居をくぐり、本殿の前の小さな広場へ出る。入って右手には、見上げれば後ろへ下がってしまう程の大杉が立ち、御神木として祀られている。  そんな神聖な空気が漂うこの場所も、相変わらず薄暗い。境内は夏になれば蚊の宝庫となってしまうのが玉に傷だろう。 「懐かしいわ、ようここでチャンバラやったよな」 「おう。覚えとるか、お前蜂に頭刺されとったやろ」  康介の片頬に笑みが浮かんだ。私はこの顔が昔から嫌いでたまらない。 「あれを忘れられるか。人の頭に小便引っ掛けやがって。まったく、思い出しただけで頭痒なる」  私は怒り心頭といった感じで声を尖らせた。昔からの馴染みな分、康介はそれを冗談だと分かっている。 「な、それはお前のためを思ってやな」
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