ある戦地にて

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結局、富樫は手の平におさまる程度の小さな木彫り人形を選んだ。 白い木肌に、明るいブラウンで髪と目が描いてあるだけの簡素なものだ。 青年は富樫に実際の値段より、少しだけ安い値を告げた。 本当は無料で譲りたいくらいなのだが、良くも悪くも日本兵は誇り高く、そうしたことは喜ばないことを、青年は知っていた。 作業でもらえるわずかな給金をこつこつ貯めたのだろう、小銭ばかりの代金を渡すと、富樫は言った。 「ついでと言っちゃあなんだが、ちょっと注文してもいいかね」 「いいですよ。なんですか?」 青年は太陽のような笑顔で応えた。 富樫は、眩しそうに目を細めると、ポケットからごわごわになった布の固まりを取り出した。 「これで、この人形に着物を作れねえかな」 青年は丁寧に布のかたまり受け取ると、それをほぐして並べた。 小さなものなら5センチもないような端切れがたくさんあった。 囚人服が赤いだけに赤が多かったが、中には花柄や千鳥も混じっていた。 収容所でこれだけ集めるには、苦労したことだろう。 「人形が小さいので、なんとかなりますよ」 青年は快く引き受けた。 その後、ちょっと肩をすくめて、 「ただ、僕は着物を縫ったことがないし、デザインも分からないので、何回か通って、そのつど見て直してもらえませんか?」 富樫はあわてた。 「いやいや、そこまでしてもらわんでもいい。そんな金はねえんだ」 ぶんぶんと手をふる富樫は、ずいぶん人が良さそうに見える。 青年はきらきらした瞳をいっそう純粋に輝かせて言った。 「いえ。これは僕からのお祝いの気持ちです。せっかくの娘さんへの贈り物じゃないですか。とことんこだわりましょう!」 思わず富樫はうなずいてしまった。
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