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それから富樫と青年は、週に一度ずつ、食堂でひそかに作業をした。
富樫は、一度青年と取引をしてしまうと吹っ切れたらしく、収容所でくすぶっている類のこだわりを捨てた。
そのかわり、富樫は、同僚には話せない日々の不安や、この地で死ななくてはならないことを覚悟しつつも、抑え切れない郷愁などを語った。
青年は真摯に話を聞いたが、富樫の表情が意外と晴れやかであるのが気になった。
オーストラリアの明るい太陽しか知らない青年には、死ぬことが、それほど誇り高く美しいこととはどうしても思えない。
しかしながら、青年はその思いは決して口にしなかった。
せっかく芽生えた富樫との友情のほうを大事にしたかっのだ。
また青年は、富樫に請われて自分の身の上話をした。
幼い頃に渡豪して日本のことをあまり覚えていないこと、どこに行くにも軍の目が光るので居心地が悪いことを、内緒話をする子供のように打ち明けた。
富樫は外国の生活を珍しそうに聞き、青年もそうした話を聞いてくれる事を嬉しく思った。
そして、惜しみなく感謝の言葉を並べるので、富樫はいつもくすぐったそうだった。
この秘密の関係は急速に二人の仲を深め、一ヶ月もすると互いに兄弟のような気持ちになっていた。
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