ある戦地にて

6/9
前へ
/35ページ
次へ
とうとう完成の日がやってきた。 青年は、富樫の喜ぶ顔を想像しては足をはずませ、語り合う機会を失うことを思って少し落ち込んだ。 だが、富樫のような変化こそ、青年が望んでいたものだった。 日本兵は死ばかりを見つめている。 外国の捕虜たちは、戦い抜いたことに誇りを持ち、家族に語る自らの武勇伝を持っている。 しかし、日本兵は違う。 捕虜の身を”死んだほうがマシ”な恥と考え、家族のために、故郷の誰にも知られず、本当に死ぬ気でいる。 ただ、今は死ぬきっかけがないから、だらだら生き延びているだけだと。 青年はその話を、初めてこの収容所が出来たときに慰問に行った叔父から聞き、ひどく悲しくなった。 そして青年は、みやげもの屋になったのだ。 『あなたたちは名誉の兵士だ』。 『大手をふって家族のもとへ帰れるのだ』。 みやげもの屋には、そんなメッセージがこめられている。 そしてようやく、罪悪感以外の理由で家族を想う者が出てきた。 富樫の人形は、青年の願いが通じた証だった。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加