ある戦地にて

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あいにくの曇りで、電気のない食堂は薄暗い。 富樫を待つ間に曇りは大粒の雨に変わってしまった。 暖かく湿った空気に、雨の音がする。 雨の日の室内は、優しくて、それでいて絶対的な、何かに守られているような気がして、青年は好きだった。 富樫はしばらく来るまいと、青年は顔を膝にうずめた。 どれほどか経ったころ、カタンと音がして富樫がやって来たことがわかった。 まだ雨はやまないらしく、室内は暗いままだ。 富樫は、黙ったまま青年の前に見下ろすように立った。 いつもと雰囲気がちがう。 青年は、膝を抱えて富樫を見上げた。 「ひどい雨ですね」 何となく声をひそめる感じになった。 青年はそれを、陰気な雨のせいであって欲しいと思った。 「ああ、ひどい雨だな」 富樫のトーンが、いつもと変わらないことに、青年は安堵した。 「いつもは、すぐに晴れるんですけど。雨上がりの平原を見たことはありましたか?」 「いや、ないね」 「空気が澄むから、すごく綺麗なんですよ。ぜひ見てください」 「そうかね。まあ、そのうち」 富樫の歯切れが悪い。 いつまでも座ろうとしないので、表情が見えないのも不気味だった。 「……何かあったんですか?」
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