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帰り道はあちこちにおいを嗅ぎ回ったり耳の後ろを掻いたり、やたらゆっくりなマルに、すでにおむらは怒る気力がなかった。
マルが意図的に苦しめているとしか思えない。
太陽は薄い雲の向こうにかすんでいたが、明らかに中天にある。
おむらが重い足を引きずって屋敷の門をくぐると、餌皿を持ったおかみさんが待ちうけていた。
帰ったばかりらしく、折り目正しい格子縞に綴織の帯を絞めたおかみさんは、おむらとマルを見て丸い額の下の三白眼を見開いた。
「あら。あんたマルの散歩に行ったの」
「はい、遅くなって申し訳ございませんでした」
おむらがぼさぼさ髪を慌てて撫で付けて頭を下げると、おかみさんは、捨てたちり紙を「落とし物ですよ」と親切に渡された時のような顔をした。
「別に散歩なんてしなくてもよかったのに」
「あ……」
おむらはとっさに言葉が出なくて、口の中でもごもごと、すみませんと言うとまた頭を下げた。
そうしながら、何で自分が謝ってるんだかわからなかった。
おかみさんはすでに興味を失って母屋へ入ってしまった。
マルは一心に餌を喰らっていて、もう散歩したことなど忘れているようだった。
おむらはどうしようもない憤りと無駄な疲れを抱えて、勝手口へ回った。
草履からはみ出た足は土まみれで、爪にまでしっかり砂が入っていた。
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