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勝手口で、先輩に冷たい目で見られながらすすぎの水を使っていると、女中頭がのしのしとやって来た。
上がりかまちに座ったおむらを、不機嫌に見下ろす。
「昼飯は抜きだよ」
すみません、とおむらは詫びた。
本当は、「マルの散歩が私にできるわけないじゃないか」とか「無駄足だったのによくも!」とか文句を沢山言いたかったが、おむらの口は、そうには全く動かなかった。
「早く水汲みをすませとくれよ、こっちの仕事がはかどりゃしない!」
おむらの心情をよそに、洗い場の先輩が苦言を言った。
それを聞いて、女中頭の目がなお吊り上がった。
「まだやってなかったのかい!仕事もしないで休憩してるなんて、怠け者だね」
ばしん、と音が出るほどおむらの頭を張った。
崩れた髷が、ばらばらと横顔に落ちた。
「さあ、とっとと行きな」
おむらは、誰にもばれないように唇を噛んで、汚れたすすぎの水と一緒に再び外へ出た。
一度洗ったせいで、足元は泥だらけ。
冷たい風は濡れた足をいっそう冷やした。
「私が何したっていうの」
ぽつりとつぶやいた言葉で、おむらは孤独をまざまざと感じた。
だれもおむらに関心を抱いていない。
だれも思いやってくれない。
同じ辛いでも、貧乏だけど思いやりのある我が家のほうがずっと良いと思った。
しかし、おむらが働かなければ弟や妹が飢えるのだ。
その使命感だけで今までやってきたようなものだ、とおむらは苦労の日々を想った。
だが本当は、その強すぎる自意識が、周囲を敵視し、かつ泣かず屈服せずという態度になり、他の女中に疎まれる原因になっていることに、おむらは気づかない。
早くから親の手を離れたゆえに仕方ないと言えば言えるが、そこまで考える余裕のある人間がいようはずがなかった。
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