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  翌朝、おむらが他の女中に混じって台所で朝飯を食べていると、女中頭が顔を出した。 一分の隙もなく結い上げられた髷をした女中頭は、皆の挨拶に応えると、おむらを外へ呼び出した。 「あの、何でしょうか」 背中に先輩たちの好奇の視線を感じて、おむらは胃袋が縮むようなむずむずした気分になった。 女中頭は、そんな気分には考えも及ばず、ただおむらの気が効かない物言いに軽い苛立ちをにじませた。 「あんたに、今日からマルの散歩をやってもらう」 「!」 「利助さんが近頃忙しいって言うもんで、おかみさんにご相談したら、昨日の子はどうかっておっしゃるのでね」 おかみさんに任命されて誇らしく思え、と言わんばかりの口ぶりだ。 おむらは嫌だった。 でも不満を言うことはできなかった。 それに、利助は人当たりが良く、おむらよりずっと人望があった。 皆がどちらの味方につくかは分かり切っている。 「あのう、午前中の仕事は……」 おむらが遠慮がちに問うと、早くも話は終わったという態度の女中頭は、 「昨日みたいにやればいいんだよ」 と、うっとうしそうに手を振った。 昨日みたいに、と言うが、昨日は散歩の時間が足りなくて昼飯を抜かれている。 おむらは憂鬱な気持ちや怒りを腹に押し込んで、食べかけの朝食もそこそこに、急いで仕事に取り掛かった。 もともと手空きの時間がないように与えられている仕事だ。 散歩の時間を作るには、よほど必死にやらなければならない。 もはや庭の柿の木を眺める権利すら、おむらにはなくなるようだった。  
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