街の裏がわ

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月の美しい夜だった。 しん、と冷え込む空気を縫うた月光は、無機質なビル群を妖艶に輝かせる。 そんなビルの陰に、夜道を急ぐ少女の姿があった。 どこかの高校の制服に包まれたその少女は、不安げな表情を浮かべていた。 「きゃあっ!!」 突然、少女は悲鳴を上げた。 『何か』が頭上から降ってきたのである。 醜い、人型の影。 グルル…… と、『それ』は凶悪な唸りを発した。 少女は走った。 『それ』は明白な殺意を持って、少女を追った。 月明かりで、少女の前方に『それ』の影がくっきりと投影される。 影を踏む足に鳥肌が立つほど、その形はおぞましかった。 言うならば、全身にカビの生えた異様に手足の長い人間、だろうか。 少女は、恐怖のために足をもつれさせ、転んでしまった……。 スカートからこぼれる少女の傷ついた脚が、『それ』の嗜虐心を刺激する。 不気味な化け物は歓喜を込めて、クリスタルのような長く鋭い爪を振りかぶった。 死を悟った少女の瞳は限界まで見開かれ、涙があふれ出す。 だが、爪は、少女へ振り下ろされなかった。 否、振り下ろせなかった。 なぜならば、少女との間に割って入った人物が、『それ』の巨体を、体当たりで吹っ飛ばしたからである。 「な、に……?」 少女は、信じられない気持ちで、目の前の女性を見つめた。 きりり、としたショートヘア。 引き締まった肢体。猫みたいな双眸。 こぶりな鼻と、可憐な唇。 月光に負けないほど美しい女だった。 華奢な身体で、あの化け物を吹っ飛ばすとは、信じがたい身体能力であった。  
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