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とうとうお母様は、ぷかぁりぷかりと浮かぶ死体のようなわたしを見兼ねて、金魚鉢の中の水ごと、わたしを元の大きな水槽へ戻しました。じゃばあ、とものすごい流水の中でわたしの躯はもてあそばれて、水槽の中に容れられて暫くは沈んでおりました。
すると、好奇心にかられた他の金魚たちが、わたしの躯をついばむようにつついてきたのです。痛い!とばかりに躯を起こしました。そこには目を見開いた金魚たちがおりました。恐らく、みんなわたしの姉妹です。
「あなた誰?」
「どうしてお目目がないの?」
「何処から来たの?」
「それより、こっちへいらっしゃいよ」
「こっちよ、馬鹿ね」
「馬鹿は貴女でないかしら?」
「おやめなさい、はしたないわね」
「では次はわたしに」
金切り声できいきいと、我が先、我が先、と話す彼女らの影に、わたしは母様を見ました。恐らく、彼女たちは母様の娘たちとなれたのでしょう。無知で、したたかな少女たちに。
わたしは、恐らく、少女にはなり得なかったと思いました。お父様のお傍に長く居すぎたせいで、わたしは少女の感性などとうの昔に手放したのだと思いました。だって、あの時のわたしには、少女の無垢な感性より、お父様の哲学を吸収するので手一杯でしたから。
そしてわたしは少女たちの質問を、哲学をもってかわすことにしたのです。
「わたしの名前は、エイコ。小説家だったの」
わたしは話すたび、口から泡がぷわりと吐き出しました。少女たちは、感嘆するように、ほうと溜息をついて、聴き入っておりました。
嗚呼、おとうさま。
わたしは、お父様にお会いしたいです。
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