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というのも、鱗姫はほんとうに美しい金魚だったので、あの、美しいものがお好きなお母様が落ち込むのも当然のことでした。
お母様はみるみるうちにやつれてゆき、寝込んでいらっしゃるのか、水槽越しにお姿を見る回数はだんだん減ってゆきました。
そんな、ある晩のことです。
赤き少女たちが泣き疲れて、眠りこけている真夜中でした。わたしは眠る方法を忘れてしまうほどに、「恋」についてを考えていました。
身を、焦がすほどの想いが「恋」であるということなのか?
さすれば、鱗姫が消えたのは、ある意味では正解といえるのか?
そんなことばかりを考えていました。なにしろ恋については知らないことばかりですので、哲学を働かせるのは難しいことなのです。
“エイコ”は恋についてよく知っています。過去の恋愛を、切なくも、楽しそうに少女たちに語りかけ、“エイコ”は少女たちから慕われます。しかし。
しかし、それはあくまでも“エイコ”であって、わたしでは――わたしのような、醜い金魚ではないのです。わたしは、どうしても“エイコ”にはなれない。
自分を恥じました。その事実を忘れてしまうほどに、わたしは自分のでっち上げた架空人物に酔いしれていたのです。わたしの自己陶酔のせいで、1人の無垢な少女は死んだのです!ああ、ああなんということ。
くらくら、とめまいがしました。
それと同時に、身体が唐突に、引き上げられるような感じがしました。いえ、感じではない、わたしの身体は、ゆっくりではありますが、深い水槽から引き上げられていました。逃げようとしても、網のようなものに囲われてあまりに狭い範囲でしか動けません。とうとうわたしの身体は、水槽から外へと出てしまいました。
びちびち、と音を立て、わたしは悶えます。金魚には外の空気は苦しいものなのです。びちびち、びちびち。
わたしを引き上げたのは、お母様でした。お母様が何を考えていらっしゃるのか、わたしには、何となくわかりました。お母様は腫れぼったくなってしまった瞳で、苦しむわたしを見つめながら言いました。
「お前のせいで」
「夫も、娘も死んでしまった」
「お前のせいで」
「殺しても許せない!」
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