第三話 キスミーテンダー

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しかし、 「完全に醒めるにはぁ、まだまだみたいねぇ」 瑠璃はそう判断した。それは咲も同じだった。 どんな原理か分からないが、ダメージを受ける事であやめの酔いは醒めていくのだろう。それにおそらく、受けたダメージの度合いに比例して酔いが醒めるペースも上がると思われる。 咲も瑠璃も、最初は有象無象の弱小妖怪に過ぎなかった。それが、今ではA級とも言える強さの妖怪へと成長した。 しかし、そんな二人の全ての妖力を駆使したにも関わらず、あやめに傷ひとつ付けられなかった。 拳を振り上げるあやめを見て、思わず咲も瑠璃も目を閉じてしまう。確かにそれも無理からぬ迫力だった。 目を閉じて身体を硬直させる咲と瑠璃だったが、覚悟していた衝撃は一向に訪れなかった。 恐る恐る目を開けた咲と瑠璃が見たモノは、逞しい背中だった。それも、コンクリート壁ではなく、大木の幹を思わせる逞しくも優しく思える背中。 「竜也……さん?」 一瞬、咲は本気でそう感じた。だけどすぐに竜也ではないと分かった。 竜也よりもずっとずっと大きな背中だったからだ。 「姉貴。いくら酔ってるとは言え、この二人を殴っちゃヒロインに戻れなくなるぜ」 咲と瑠璃を守る様に立ちふさがった雅人がニッと不敵に笑う。 さっきのあやめの一撃は雅人が防いだ様だった。 「雅人、またお姉ちゃんに稽古つけて欲しくなったの?」 完全に上から(実際、歳も立場も強さも上だが)の台詞に、雅人は「フンッ」と鼻を鳴らしてから両拳を胸の前で打ち付けた。 「ナメんなよ姉貴。俺が桔梗とただきゃっきゃうふふと遊んでいただけだと思ったのか?」 そう言った雅人の全身から、確かに気の流れを感じた。 そんな雅人を見たあやめは心から嬉しそうにニッコリと笑った。その笑顔は見た目だけなら美少女の笑顔だったが、本質は恐竜の化石を見た時の勇次郎の笑みと何ら変わらなかった。
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