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「邪魔なんだよ、デブ!」
事態を飲み込むのに相当な時間がかかったように思う。
平日の昼間とはいえ人通りの多いホーム。
道行く人がこちらに注目している。
目の前では先ほどのギャルがわたしを見下ろしていた。
大きなサングラスは、なかった。
代わりにわたしを見つめていたのは、同じ人間とは思えないほどに大きな大きな目。
あまりの衝撃で言葉が出ない。
ギャルを見つめ返すことしかできなかった。
ギャルは、どうしてだか心底軽蔑したような顔つきをして、携帯電話を首と頬の間にはさみながら、吐くように言った。
「デブ、どけって。邪魔!」
わたしはなす術もなく、震えながら後退りした。
怖いわ。
やっぱり梨本さんにするべきだった。期末試験が終わったから、電車でお家に帰ってみようだなんて、そんな愚かな軽率なことを考えたわたしに神様が天罰をお与えになったんだわ。ごめんなさい、ごめんなさい。
怖い……。
転んだまま鞄の持ち手を握りしめながら震えているわたしを一瞥して、ギャルは歩いていった。
電話の相手に語りかける、彼女のハスキーな大声が聞こえる。
「美月~、ごめんねぇ?新宿着いたよぉ!これから同伴!
いや、今マジキモいのがいてさぁ。
え?女だよ。超デブのオタク!
浮気じゃないって~!マジマジ!客でもあんなキモい奴いないからぁ。
デブは死ね!って感じ。キャハハ!」
階段の向こうに消えていく、ギャルの後ろ姿。
だらしなく腰まで垂れ下がったヒョウ柄のマフラーよりも、けばけばしい赤色のコートよりも、何よりもわたしの目をひきつけたのは、黒いニーハイブーツだった。
合成皮革の風合い際立つ、安っぽい黒のニーハイブーツ。
彼女の細くて白い脚にぴったりだった。
わたしはこれまた優雅にゆっくりと立ち上がり、心配そうな視線を投げかけてくれるおばさま方に微笑んだ。
育ちの悪いひとって、ほんとうに下品ね。
驚いたわ…。
社会というものを学んだ一日ね。
トップに立つ者、富める者は、弱者や貧しい人の気持ちや行動パターンがわからないとね。こういう経験も、これから生きていくのにきっと必要なことなのよ。神様がそうお思いになってわたしにお与えになった試練だったんだわ。きっと、そう。なんて素晴らしい。神様、ありがとう。Thank God.
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