3354人が本棚に入れています
本棚に追加
「Thank you, my God.」
いつものように英語で呟くと、震えは止まった。
それにしても怖かったわ。
転んだはずみに落としてしまったSuicaを何気なくコートの裾をおさえながら拾いあげようとすると、膝が目に入った。
なんてことなの…
タイツが、裂けている。
それも、横一列にビッと線が入って、これはもはや伝線というレベルではないわ。
仕方ないわ。こんなはしたない、みだらな姿で歩くわけにいかないもの。
梨本さんに連絡してどなたかに迎えに来ていただきましょう。
一気に重くなったような気がする体に鞭を打って背筋を伸ばし、ベンチまで歩いた。
薄汚れたベンチに大きなレースのハンカチーフを広げると、隣に座っていらした初老の紳士のスーツにふれてしまったため、すかさずお詫びの言葉を申し上げた。
失敗は、繰り返さない。
これがわたしの法則よ。
紳士はわたしの礼儀正しさに胸を打たれたようで、もう一つ間をあけてベンチにお座りになった。
そこでもう一度お礼を申し上げると、気恥ずかしくなったのか、席をお立ちになってどちらかに行ってしまわれた。
育ちの良さが時として仇になるということもある。
また一つ大切なことを学んだわたしは、神様に感謝しながら携帯電話を取り出し、梨本さんに電話をかけた。
「もしもし、梨本さん?
申し訳ないのだけれど、ちょっと困ってしまって。今新宿駅のプラットホームにいるのだけれど、誰か人をやってくださる?
あと、慣れないことをして少し疲れてしまったから、軽食も持ってきてくださると嬉しいわ。うん、それがいいわ。クリームたっぷりでね。ありがとう。」
電話を切る直前、自分でもよくわからないのだけれど、わたしは口走った。
「黒の長いブーツ、ニーハイブーツ、家にあったかしら。」
最初のコメントを投稿しよう!