ニーハイブーツ

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「Thank you, my God.」 いつものように英語で呟くと、震えは止まった。 それにしても怖かったわ。 転んだはずみに落としてしまったSuicaを何気なくコートの裾をおさえながら拾いあげようとすると、膝が目に入った。 なんてことなの… タイツが、裂けている。 それも、横一列にビッと線が入って、これはもはや伝線というレベルではないわ。 仕方ないわ。こんなはしたない、みだらな姿で歩くわけにいかないもの。 梨本さんに連絡してどなたかに迎えに来ていただきましょう。 一気に重くなったような気がする体に鞭を打って背筋を伸ばし、ベンチまで歩いた。 薄汚れたベンチに大きなレースのハンカチーフを広げると、隣に座っていらした初老の紳士のスーツにふれてしまったため、すかさずお詫びの言葉を申し上げた。 失敗は、繰り返さない。 これがわたしの法則よ。 紳士はわたしの礼儀正しさに胸を打たれたようで、もう一つ間をあけてベンチにお座りになった。 そこでもう一度お礼を申し上げると、気恥ずかしくなったのか、席をお立ちになってどちらかに行ってしまわれた。 育ちの良さが時として仇になるということもある。 また一つ大切なことを学んだわたしは、神様に感謝しながら携帯電話を取り出し、梨本さんに電話をかけた。 「もしもし、梨本さん? 申し訳ないのだけれど、ちょっと困ってしまって。今新宿駅のプラットホームにいるのだけれど、誰か人をやってくださる? あと、慣れないことをして少し疲れてしまったから、軽食も持ってきてくださると嬉しいわ。うん、それがいいわ。クリームたっぷりでね。ありがとう。」 電話を切る直前、自分でもよくわからないのだけれど、わたしは口走った。 「黒の長いブーツ、ニーハイブーツ、家にあったかしら。」
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