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      ある日のこと。僕が所属している事務所から1本の電話があった。社長に会いに来いというので、とりあえず行くことにした。僕は嫌な予感がしていた。       「ケガの調子はどうだい?」   「まあ、普通です。」       「今日君を呼び出した件だが…。君なら予想できるだろう?」   「まあ、ある程度は。」   「………非常に言いづらいが、もう君を雇っている事は難しい。悪いが、辞めてもらえないか?」       「…………ああ。」       「君のピアノは素晴らしかったよ。この後の生活は、出来るだけ援助する」   「…どうも。」       社長はまるでガラス細工を触るように、僕の手を優しく包んだ。素晴らしかったか……。僕のピアノは、すでに過去になってしまったのだというのか。僕はなんだか悲しくなった。       「あ、橘」   事務所に橘がいた。声をかけようとしたが、仕事中のようだ。誰かと話している。   少し覗いてみると、そこには別のピアニストの男がいた。最近売れてきた若手だ。橘とはずいぶん仲が良いらしい。楽しそうに話している。   悪いとは思いながら、立ち聞きした。どうやら男は橘に好意があるようだ。しつこく食事に誘っている。   しかし橘も、まんざらでもなさそうだ。時間の問題だ。もう上手く言いくるめられるだろう。       僕は少し腹が立って、そこを立ち去った。もしかしたら、僕の居ない仕事の時間はいつもこうなのだろうか。
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