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「はぁっ、はぁっ……」
風も熱気を帯びてきた、初夏の陽気。
僕はその風を外でなびく木々の揺れで感じながら、部室への道を走っていた。
早く部室にたどり着きたいのではなく、部室への道もまた、トレーニングの一環だという、先輩からの助言のせいだ。
1階から4階まで、階段を一気に駆け上がり、最も西側にある部屋へと急ぐ。
「よしっ、着いた」
僕は弾ませた息を必死で押さえ付けて、部室の扉を開いた。
「こんにちはっ、瑠音先輩っ!」
「遅いわよ」
間髪入れず聞こえてきたのは、この部の長、謠羽瑠音 (うたはね・るおん) 先輩の可愛くも厳しい声だった。
つやつやした長い黒髪に、黒くて大きな、意志の強い瞳。
抜群のスタイルと可愛さの先行する顔立ちで、この彩鏡学園(さいきょうがくえん)でも人気のある3年生だ。
部員は、僕と先輩の2人だけ。
最初は恥ずかしくって顔を見ることも出来なかったけど、今ではきちんと話も出来る。
「何してたのよ。こんな時間になるなんて、珍しいじゃない」
部室は南側の壁が、一面窓になっている。
広さは普通の教室の半分くらいで、中は長机と先輩専用席、そしてロッカー、備え付けの黒板があるだけで、他には何もない殺風景な部屋だ。
先輩は南に面した窓を背にして座っていて、逆光の先輩からはかなりの威圧感が放たれている。
「いや、あの……今日はホームルームが長引いちゃって……」
恐る恐る言うと、先輩は足を組んで腕を組み、ため息をついた。
「全く、いつも遅いのよ。早く部活を始めたいのに」
「うぅっ……」
か、返す言葉が見当たらない……どこに行ったのかな、僕のボキャブラリー。
「あの、だったら先に始めていても大丈夫ですよ? 瑠音先輩に迷惑はかけられませんし」
瑠音先輩は、今年で部活を引退する。
そろそろその時期も迫ってきており、最後の調整を始めているところなのだ。
すると、瑠音先輩は何故か少し慌てた様子で、そっぽを向いてしまった。
「礼がいないと練習相手がいないのよ。だから待ってあげてるんでしょ! さっさと準備しなさい!!」
「ひぃっ!」
男らしくない甲高い悲鳴を上げて、僕はそそくさと部活の準備に取り掛かった。
先輩の顔が赤く見えたけど……気のせいかなぁ。
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