第1章

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△▼△ 「……全く、何て姿になってるのよ」 先輩は呆れたような、しかしどこか淋しそうな声で僕にそう言った。 僕は何も言えず、苦笑だけ落として部室の中に入った。 昨日の事故で僕は左腕の上腕を折り、3ヶ月は飛べなくなってしまった。 肋骨は無事だったようで、脇腹は打撲で済んだ。 しかし。 先輩の引退試合に、僕は出場することが出来なくなってしまった。 短距離走は個人競技なので、僕が出なくても先輩に迷惑はかからない。 だけど……大会で一緒に走れる、最後のチャンスだったのにな……。 「折っちゃったものは仕方ないでしょ? 折った足で試合に出られても迷惑なだけだわ」 瑠音先輩は顔を少し赤くして、口を尖らせながら小さく言葉をつぶやいた。 僕はいつもの席に座りながら問う。 「でも先輩、大丈夫ですか?」 すると、「何がよ?」と振り向いてくれた。 「レースで礼に心配されるようなことなんて、無いと思うけれど?」 ま、まぁ、確かにそうなんだけれど……。 先輩は県大会へのスーパーシードを持つほどの、ハイスピードスプリンターなんだから、僕なんかに心配されるような人じゃない。 だけど……。 僕は先輩の目を見て言った。 「1人で――……大丈夫ですか?」 言った瞬間、僕は殴られるかと思ったけれど―――― 先輩は、 「――……ないわよ」 「へ?」 「大丈夫じゃ、ないわよ……っ」 顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。 「かっ、勘違いしないでよね! 1人で淋しいんじゃないだから!!」 癇癪を起こしたように叫ぶ先輩だったが、その声は明らかに強がっていた。 ますます心配になって、僕は次の言葉を継ごうとする。 と、その時だった。 「失礼するよ」 『ッ!!』 部室に、僕と先輩以外の声が響いた。 2人同時に振り向くと、そこにはスーツ姿の中年男性の姿があった。 「真山先生……?」 僕は思わず、漏らしていた。 真山先生。 飛行部の顧問であり、瑠音先輩のクラス担任でもある世界史の教師だった。
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