郵便法第一条

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「ふぅ、久々だな…」 立川真司は、そう呟いて朝の駅前を眺めた。 後ろに聳える重厚な煉瓦造りの建物は東京駅。その前に真司は立っていた。ロータリーの向こう側に皇居がみえる。新緑が目に眩しい。 「また此処に戻ってくるとはな」 若干緊張気味で、頬が紅潮している。青い背広に黄色いネクタイの出で立ち。ぱっと見は今年採用の新入社員に見える。 実際、今日は新しい職場への初出勤だった。ただ、仕事自体は初めてではなく、異動。それも栄転である。 「この俺が、今日からエリートとはな…」 空調が効いた明るく広いオフィス、デスクに並ぶ無数のディスプレイ、専門用語で会話しながら颯爽と行き交うキャリアエリート達…。 未だ見ぬ新世界への憧れが募る。一昨日まで自分が居た、時間が止まっているような倦怠に満ちた地方局とは、天と地ほど違う職場を想像する。 頬を弛めかけて、引き締める。 「いかんいかん。邪念を振り払わねば」 自分はエリートになったんだ、と言い聞かせて、俺は辺りを見回した。初日から遅刻をしていてはエリートもへったくれもない。迅速かつ正確に目的地に着かねばならぬ。 しかし、はたと気が付く。 「道がわからん…」 東京は初めてではない、という先入観が悪かった。知っているのは上野方面だけなのである。俺は、自分が田舎者であると否応なしに痛感した。 考えながらふと目の前を見るとタクシーの行列が出来ていた。そういえばそんなものもあったな、と俺は一人頷いた。 東京にいた大学時代は地下鉄で用が事足りていた。実家に帰ってからは二輪が足だったので、尚更タクシーなど利用していない。何年振りだろうか、と考えながら俺は溜まっていたタクシーの列に近づき、先頭の黒光りする車に乗り込んだ。 煙草臭い運転手がゆっくりと車を出す。メーターを弄りながら聞いた。 「どちらまで?」 答えようとした瞬間、前に吹っ飛ばされた。 「いってぇ!」 「すすす、すんません」 急ブレーキを踏んだ運転手が謝る。全席に体半分突っ込んだ体制で文句を言おうとした目の前を、赤い彗星が迅った。 深紅のスポーツカーだった。トラックの下を潜り抜けて来たようなフォルムの大気圏突入するような車だ。タクシーの鼻先をえらいスピードで掠めていったその車は、他の車を蹴散らすような勢いで車線変更を繰り返して、左手の有楽町方面へ消えていった。 「なんだありゃ…」
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