例え世界が正しいとしても

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胃を責める僅かな痛みに、時計を見る。 「・・・・・・十二時か」 昼休みの直前。規則正しく時間を知らせてくれる自分の体を誇らしく思いつつ、ちょうど作業を終えたばかりの文書ファイルを保存して閉じる。 そして、マウスから手を離した瞬間に昼休みに突入。周りの席からも、昼食や休憩目的でぞろぞろと人が移動を始める。 さて。昼食にしよう。弁当は作ってきていないし、懐にもいくらか余裕があるので、近くに食べに行く事にしよう。 椅子から立ち上がる。長時間の作業で固まっていた膝、立ち上がる事で伸びていく膝の裏に押され、事務椅子が後ろへ滑る。 がしゃん、と言って、椅子の動きが止まった。 「あ、ゴメンゴメン」 後ろの席の相模先輩も、ちょうど今、立ち上がったところだったようだ。同じように後ろに滑った椅子の背もたれがぶつかっている。 相模先輩は調子の良さそうな口調で、 「どうやら吉野君もランチのようで。一緒にどう?」 「構いませんが、昼食代は各自持ちですよ?」 「何を言うかね。それじゃあ誘う意味が無いじゃないか」 堂々とたかる気らしい。先輩として後輩に太っ腹なところを見せよう、とかは絶対にしないのがこの人の性格なので、今更落胆もしない。 でも溜め息は吐く。給料は僕より多いくせに、どういうつもりなのだろうか、と。 まあ、考えるだけ無駄なのだ。僕に彼の思う事なんて解りはしない。 さて、当然ながら上司の理不尽な要求―――仕事ならまだしも私的な―――を無抵抗に聞き入れる訳にはいかないので、僕は相模先輩が支払いを渋らなさそうな店を頭にリストアップする。
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