例え世界が正しいとしても

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      「・・・・・・・・・・・・」 いやはや。 こうして真面目に仕事をする姿を普段の先輩と重ねるのは、非常に難しい。とてもじゃないが、ついさっきまで紅しょうがに呻いていたのと同一人物だとは思えない。 積まれた資料を一枚手に取り、読んでいるのか疑わしい速度で左上から右下へ視線を流し、左手で書類を持ったまま右手でキーを叩く。目だけを動かして画面とコピー用紙を照らし合わせ、間違いが無いかを打ち込む作業と同時進行で調べている。一枚分打ち終えた。用済みの書類を放り、先程と同じ動きで山の一番上の書類をさらって目を通し始める。制止していた右手が再び動き出し、物凄い勢いでディスプレイに文字が羅列されていく。 相模先輩と、彼の背後に立つ僕をまとめて取り囲んでいるのは、相模先輩の本気が見られるとの噂を聞き付けた野次馬社員達だ。部署もオフィスも、フロアも関係ない面子が、ある者は唖然と、ある者は楽しそうに、またある者は何かしらの感慨を込めた視線を湛えて、相模先輩に注目している。 相模先輩が手伝っているはずの職員ですら、作業の手が止まってしまっていた。 こういう人なのだ。 普段の振る舞いは冗談混じりで、真面目な時も何の冗談かと疑わずにはいられない。 相模先輩の動きが変わった。集計から書類作成に移ったらしい。 違う資料の山を目の前に持ってきて、トランプの様に横に広げる。 一つ二つを抜き取り、疑わしい速度で目を通す。読み始めた。読んでいる。読み終えたらしい。抜き取った資料を脇に置いて文字を打ち込み始めた。途中で一瞬手が止まり、資料の列から別の資料を引き出して画面から目を移す。 足りない情報を補った様だ。また手がキーボードの上を走る。 相模先輩は、力強くエンターキーを叩いて――――
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