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孝史という男は不思議と人を寄せ付ける。器用な性質で何でもこなしてしまうタイプの人間だ。
特に馬や弓に優れ、漢詩に至るまでその才を発揮している。
努力や一生懸命という言葉こそ似合わないものの、朗らかで話しやすい人柄は彼の美点であろう。
【彼ならなんとかしてくれる】と思わせる何かが彼の中にはあるのだ。
精悍な顔立ちは美麗なものではないが夏の涼やかな風のような爽快さを感じさせる。老若男女に好かれる者とは得てしてこのような性質なのだろう。
本人は気づいていないことではあるが……。
「孝史様……本当に鬼や天狗はいないのでしょうか?」
左大臣を体よくあしらうと近衛府には孝史と二人きりになってしまった。
「伊隆(コレタカ)はいると思うか?」
「え……と……でも最近その類いの噂が多すぎるのではないかと」
近衛に赴任したばかりの若い青年はしどろもどろに言を繋いだ。
「私かて頭ごなしに否定するつもりはないよ。人には計りかねるモノが存在してもいいと思っている」
「ではどうしてっ」
その時孝史が複雑な表情をしたのを伊隆は目にしてしまった。
無意識に表した悲しげな顔……。
一瞬だけ……柔らかな面の下に隠れた素顔を見たような気がした。
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