vol.0

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 小さな心が壊れるのなんて、簡単で単純で。  母親が理解できるような言葉で伝えてくれた真実は、小さな心に大きな傷を作った。  横たわって冷たくなった躯。  もう二度と目覚めることはないのだと、小さな心が痛み始めて--。  事故、だったのだという。  酔った運転手がハンドル操作を誤って、歩道に乗り上げた。そこを運悪く歩いていた会社帰りの父が、逃げる暇もなく、轢かれたと言うことらしい。 「おとう、さん……」  零れた言葉に、隣で気丈に振る舞っていた母親が泣き崩れるよう。  死の意味が分かるほど、大人ではないけれど。  死がもたらすことが分からないほど、幼くはなくて。 「…………叶……」  黒い服を身に纏った時緒が葬儀に現れたのは、それが始まってすぐのこと。 「………………時緒……」  やっと紡いだ名前に、時緒が安心したように微笑んでくれる。  その笑顔が、優しすぎて。 「とき、お……っ!!」  駆け寄って抱きつき、声を上げて泣いた。 「時緒っ……時緒……っ……ときおっ!!」 「…………うん…………」  ポン、と頭に時緒の小さな手が触れる。  あの大きくて温かかったあの手は、もう二度と自分に触れてはくれない。 「…………叶…………」  あの力強くて優しかったあの声は、もう二度と自分を呼んではくれない。 「ときおっ……!!」 「……叶……」  それでも時緒は、変わらずに名前を呼んでくれたから。  だからあの時、自分の心は壊れることなく、表面に傷を付けただけで終わったのだと、今はそう思う。 「……っ……時緒……っ!!」  最後の一滴が落ちるまで、時緒は繋いだ手を離さずに、ただずっと傍にいてくれた。 「…………叶……。…………ずっと、傍にいるから……」 「とき、お……」 「おじちゃんの代わりに、ずっと傍にいて、手、繋いでるから……」 「……ホントに……?」 「うん。約束」  ニッコリ笑って差し出される小指。  そっと指を出せば、きゅっと握られる。 「ゆーびきーりげんまん」  上下に振られる手。 「ゆーびきった」  切れた小指。  切ないほどに、心が痛むけれど。 「…………ここにいるからね」  すぐに握られる手。 「っ、ときおっ!!」 「大丈夫だよ」  微笑みとともにくれた言葉と、繋がれた手が真実だった。
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