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小さな心が壊れるのなんて、簡単で単純で。
母親が理解できるような言葉で伝えてくれた真実は、小さな心に大きな傷を作った。
横たわって冷たくなった躯。
もう二度と目覚めることはないのだと、小さな心が痛み始めて--。
事故、だったのだという。
酔った運転手がハンドル操作を誤って、歩道に乗り上げた。そこを運悪く歩いていた会社帰りの父が、逃げる暇もなく、轢かれたと言うことらしい。
「おとう、さん……」
零れた言葉に、隣で気丈に振る舞っていた母親が泣き崩れるよう。
死の意味が分かるほど、大人ではないけれど。
死がもたらすことが分からないほど、幼くはなくて。
「…………叶……」
黒い服を身に纏った時緒が葬儀に現れたのは、それが始まってすぐのこと。
「………………時緒……」
やっと紡いだ名前に、時緒が安心したように微笑んでくれる。
その笑顔が、優しすぎて。
「とき、お……っ!!」
駆け寄って抱きつき、声を上げて泣いた。
「時緒っ……時緒……っ……ときおっ!!」
「…………うん…………」
ポン、と頭に時緒の小さな手が触れる。
あの大きくて温かかったあの手は、もう二度と自分に触れてはくれない。
「…………叶…………」
あの力強くて優しかったあの声は、もう二度と自分を呼んではくれない。
「ときおっ……!!」
「……叶……」
それでも時緒は、変わらずに名前を呼んでくれたから。
だからあの時、自分の心は壊れることなく、表面に傷を付けただけで終わったのだと、今はそう思う。
「……っ……時緒……っ!!」
最後の一滴が落ちるまで、時緒は繋いだ手を離さずに、ただずっと傍にいてくれた。
「…………叶……。…………ずっと、傍にいるから……」
「とき、お……」
「おじちゃんの代わりに、ずっと傍にいて、手、繋いでるから……」
「……ホントに……?」
「うん。約束」
ニッコリ笑って差し出される小指。
そっと指を出せば、きゅっと握られる。
「ゆーびきーりげんまん」
上下に振られる手。
「ゆーびきった」
切れた小指。
切ないほどに、心が痛むけれど。
「…………ここにいるからね」
すぐに握られる手。
「っ、ときおっ!!」
「大丈夫だよ」
微笑みとともにくれた言葉と、繋がれた手が真実だった。
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