215人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
そう。あれは中学の卒業式の後。
何の前触れもなかった。
友人達と別れて、いつも通り二人でもう通うことのない通学路を歩いていた時のことだった。
人通りの少ない道で、周りには人の姿はまるでなかった。
--そのせい、だったのだろうか。
「っ!? 時緒!?」
急に腕を引かれて、その胸の中に落ちた。抱きしめられたのだ、と気付いたのは時緒の腕が背に廻ってから。
「何、する……?」
「好き、なんだ……」
唐突にぶつけられた想いにギクリとする。
(……好き……? 誰が? 誰を?)
パニックに陥りかけたところに、もう一度時緒が言う。
「叶のことが、好きなんだ」
囁くように言われた言葉は、今考えれば可哀相なくらいに震えていたように思う。あの時は、そんなことにすら気付く余裕はなかったけれど。
「--好きなんだ」
いつもの時緒からは考えられないような真剣な声に、気持ちだけが焦って……。
--上手く、声が出せない。
しばらくの間そのままでいると、ふ、と小さな溜息が聞こえ、そっと体を離された。
「ゴメン。困らせるつもりじゃなかったんだ……」
淋しそうに言われた言葉に、ハッとした。
違う。困ったわけじゃない。
誰かが胸の内で叫ぶけれど、やっぱり声にはならなくて。
「ゴメン……本当に、ゴメンな? ……気にしなくていいからさ」
言って、今にも泣き出しそうな顔を見せて走り去る姿に、自然と涙が溢れる。
「………………………………す、き…………」
やっと声になったのは、時緒の姿が見えなくなってから。
(……もう、遅い……)
けれど。
「……好き、だよ……」
呟く言葉は、静寂に消えた。
--それ以来、アイツはオレの前に姿を見せなくなった。
同じ高校に行こうと言っていたはずなのに、入学式の日にアイツの姿を見ることはなかった。アイツはオレの知らない間に他校を併願していたらしい。
「新藤が知らなかったなんて、珍しいよな」
と友人達に言われて、曖昧な笑みを浮かべるその下で唇を噛んだ。
『--好きなんだ』
鮮やかに蘇るアイツの声と姿に、どうすることも出来ない毎日を過ごすしかなかった。
--あの日までは。
最初のコメントを投稿しよう!