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少年は、言いました。
「--好きなんだ」
いつもは呆れるくらいに陽気な少年のとても真剣な声に、すぐに応えが返せません。すると、少年は苦笑を浮かべて言うのです。
「ゴメン。困らせるつもりじゃなかったんだ……」
『違うよ』
声が、喉に支えて出て来ません。少年は哀しそうに微笑んで、背を向けて走っていってしまいました。
「ゴメン……本当に、ゴメンな? ……気にしなくていいからさ」
そんな淋しい一言を残して。
『行かないで』
そこまで出かかっているのに、言葉が声になりません。
『……好きだよ』
声が出ないまま、唇だけ動きました。もちろん、少年は気付きません。
キュッと唇を噛みしめました。
『好き、なのに……』
--いつも、そこで目が覚める。
伝えたかった想い。
伝えられなかった想い。
胸の内で渦巻いては、夢という形で現実を見せてくる。
「……時緒……」
目にかかるほど伸びた前髪を掻き上げて、小さく呟くのは大切な人の名前。
「……お前が、好きだ……」
伝わらない想いを呟いてベッドから降り、酷く緩慢な動きで身支度をする。
あの頃のアイツに、今の気持ちを伝えられればいいのに。
叶わない願いを思って苦笑する。
「叶ー! 早くしないと遅刻するんじゃないのー?」
聞こえてくる母親の声に気のない返事を返し、鞄を持って部屋を出る。
階段を下りてキッチンへ。
「おはよう」
「おはようじゃないわよ、何のんきにしてるの……お弁当持って早く行きなさいよ?」
「まだ十分間に合うって……」
「そう? なら良いけど…………ほら、お弁当」
「サンキュ。--じゃあ行ってきます」
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