第三十六章-“氷の通り魔(アイス・ザ・リッパー)”-

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「何か用か、ドチビ?」  嫌悪感を隠さずに問うが、バットは文字通り眉の一つも動かさずにただ目線をずらす。それを追うと一本足のテーブルの上に真新しい毛皮のコートと妖しい深緑色の液体が入ったフラスコが置いてあった。  見覚えのないフラスコを手に取り、間近で眺める。 「これは? エーテル……じゃないよな」  肯定も否定もせず、バットは抑揚のない声で答えた。 「試飲……。ワーナーズ……ロン……秘薬」 「秘薬……ねぇ」  軽く振りながら、逡巡する。しかしそれは、ほんの一瞬の事に過ぎなかった。  一息ついた後、フラスコの蓋を開けて一気にあおる。  酷く苦い味だった。  しかし、力がみなぎる。失われていた力が、戻ってくる感覚があった。 「クク。クハハ……」  笑いが溢れてくる。もう、止まれない。  冷気に等しき魔力を周囲に解き放った。 「ガハッ」  その途中、突然の吐血。口を押さえながらも、アレハンドロは構わず魔力を放出し続けた。  手を服を赤色に染めたアレハンドロの周囲が、徐々に凍り付いていく。氷の領域が広がっていく。  氷の領域に触れる一歩手間で、バットは後ろに跳んだ。そのバットに向けて、アレハンドロは言う。 「バット……クロス以外のヤツを入れたら殺すぞ」  否定も肯定もせず、バットが羽ばたく。鬱陶しい黒が部屋の外へ。  アレハンドロが氷の領域の中に一人、取り残された。  ズタズタのコートを脱ぎ去り、バットが持ってきた新しいコートに手を通してフードを被る。氷によって椅子と化したベッドに腰掛けた。 「クク、クハハハハハッ!」  そして、笑う。狂ったように、愉悦のように。  すると、また血を吐いた。どうでも良い。  口に溜まった血を吐き捨て、また笑う。狂ったように、愉悦のように。 「さぁ来いよ、クロス。俺はここに居る……!」
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